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人間が生まれながらにして持つのは自由ではなく他者と共に生きていく権利



 あとがき(続)

 人間が生まれながらにして持つのは
  自由ではなく
   他者と共に生きていく権利
   ――人権は自然権にして社会(国家)権
     ――自由と平等は権利(義務)の属性でしかなく
       独立の権利(義務)ではない
 (人権は自然権で社会権)





現代社会(国家)は、人間が他者と共に幸福を追い求めて
生きていく(健康で文化的な生活を営んでいく)ためのシステム
として出来ている。
則法(自然法)人権擁護システム社会(国家)。
人が他者と共に幸福を追い求めて生きていく(健康で文化的な
生活を営んでいく)超法規的権利義務が人権(そのもの)だ。
簡単に言えば、他者と共に生きていく権利だ。
憲法13条後段には「生命、自由及び幸福追求に対する権利」
とあり、他者と共に幸福を追い求めて生きていく(健康で文化的
な生活を営んでいく)
という肝心な部分が欠落しているが、
これは人権(そのもの)を確認している規定だ、と考えられる。
幸福追求権と称されてきたものは、人が他者と共に幸福を
追い求めて生きていく(健康で文化的な生活を営んでいく)
超法規的権利義務、すなわち人権(そのもの)の捉え損ね
に他ならない。
人権(そのもの)は人が則法(自然法)人権擁護システム社会
(国家)に生まれながらにして持っている超法規的権利義務だ。
人間が生まれながらにして持つのは、自由ではなく、他者と
共に生きていく権利だ。


社会(国家)とは別個の国家(国)・法人は従人為法絶対自由
資本主義似非社会の後ろ盾として不可欠故に措定された
幻覚であり詐術でしかない。
人権と考えられてきた(絶対)自由権は、この幻覚国家からの
自由、この幻覚国家による自由、という言葉によって錯覚として
浮かび上がる幻覚(幻覚自由)でしかない。
生きていくために不可欠な、社会的分業に不可欠な、不可侵
財産権、全ての人が個人として尊重されるために不可欠な
数多の暫定自由権。
これらは、人権(そのもの)ではなく、人権(そのもの)を擁する、
人権(そのもの)に資する、具体的権利義務だ。
こういうことは、「自由権の沿革」を見ても読み取れる。


だが、学者たちも政治家たちも読み違えてきてしまった。
人間は、生きていくという絶対的な目的を持った、社会(国家)を
組織してみんなで生きていく以外に生きていく術のない、
生き物である、という厳然たる事実を、どういうわけか分から
なかった。
たとえば、橋本公亘は、
「自由権の沿革」としてこう説明していた。
曰く。
「自由権の沿革
現代国家の憲法は、いずれも国民の各種の自由を保障
している。これは、近世自然法思想の自然権にその起源を
求めることができる。ジョン・ロックによると、人は、すべて、
生まれながらにして、譲ることのできない自然権を持つ。
これらの権利は、自然の状態において各人が保有した
だけではなく、社会が組織される場合においても、各人に
保留されている。生命、自由、財産に対する権利は、基本的
な人権であり、これらの権利をまもることは、国家の義務で
ある。ジョン・ロックは、このように主張した。彼をはじめとする
17,8世紀の政治思想家たちは、人間関係を支配する自然法
の存在することを信じ、理性ある人にとってそれは自明である
とした。
右に述べた自然権の観念は、やがて現実の政治を動かして、
まず、1776年6月12日のヴァジニアの権利章典において、
次のように宣言された。「すべて人は生来ひとしく自由かつ
独立しており、一定の生来の権利を有するものである。これら
の権利は人民が社会を組織するに当り、いかなる契約に
よっても、人民の子孫からこれを奪うことのできないものである。
かかる権利とは、すなわち財産を取得所有し、幸福と安寧とを
追求獲得する手段を伴って、生命と自由とを享受する権利で
ある」。アメリカの独立宣言がこれに続いて同じような自然権
を宣言したことについては、すでに述べた・・。さらに、フランス
の人権宣言も、「人は、自由でかつ権利において平等なもの
として出生しまた生存する」「あらゆる政治的団結の目的は、
人の消滅することのない自然権を保全することである。これら
の権利は、自由・所有権・安全および圧制への抵抗である」
「自由は、他人を害しないすべてをなし得ることに存する」と
宣言した。このように、自由権は、生まれながらのものであり、
奪うことも譲ることもできない永久の権利であって、憲法制定
権者は、これを保障することができるのみであって、これを
否認することはできない、と考えられた。この人権思想の基礎
をなすものは、個人主義であり、自由主義である。
すなわち、各人に究極の価値があるとする世界観の上に立って
国政上の自由放任、国家権力の最小限度の行使を求めたので
あった。」
(橋本公亘「日本国憲法」有斐閣218頁以下)、と。


禍根は「人権思想の基礎をなすものは、個人主義であり、
自由主義である。」という思い込みだ。
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生きていくという絶対的な目的を持った、社会(国家)を組織して
みんなで生きていく以外に生きていく術のない生き物=人間で
ある故、

全ての人が、社会(国家)を組織して他者と共に、幸福を追い
求めて生きていく(健康で文化的な生活を営んでいく)べし、
という超法規社会規範=法(自然法)観念され、

全ての人が、社会(国家)の中で他者と共に、幸福を追い求め
て生きていく(健康で文化的な生活を営んでいく)則法(自然法)
社会(国家)組織され、

人が他者と共に幸福を追い求めて生きていく(健康で文化的な
生活を営んでいく)超法規的権利義務=人権(そのもの)が生誕
した。
したがって、人権(そのもの)の生みの親は、生きていくという
絶対的な目的を持った、社会(国家)を組織してみんなで生きて
いく以外に生きていく術のない生き物である人間に他ならない。
人権(そのもの)は、個人主義や自由主義と何の関わりもない。


自由とは人権を侵害阻害するものから解放されて
いる状態のことである。
したがって、自由はあるかないか、ではない。
人権を侵害阻害するものから解放されている状態
にあるかないか、である。
人権を侵害阻害するものから解放されている
現代則自然法人権擁護システム自由社会(国家)
では、人は自由に生きていけるのである。
近代則人為法資本主義(自由主義)人工市場似非
社会・幻覚国家では、喪失才覚人たちが限りなく
豊かになるのに奉仕するべきものとして、人為的
に作られているのである。
現代人権擁護システム自然法社会(国家)が自由
社会なのは、人権を侵害阻害する近代資本主義
(自由主義)喪失才覚人天下人工市場似非社会・幻
覚国家がもたらした悲惨・戦争という辛酸を嘗めた
結果なのである。




       社会保険労務士
       特定行政書士
       ワークスタイルコーディネーター
       則自然法人権擁護システム社会研究家
            岩崎 秀政