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社会保障制度人権擁し資し進歩向上促す暫定自由制度の一環



第四部
 第4章


 社会保障制度
  人権擁し資し進歩向上促す
  暫定自由制度の一環



 ――社会保障制度は
   損傷人権の社会的補修復元制度







1 (個人ではやり切れない危機を社会全体で賄う
  社会保障制度
)
2 (絶対自由資本主義似非社会には存在しない
  社会保障制度
)
3 (人権(そのもの)の進歩向上促す暫定自由制度
  の一環として存在
)
4 (暫定自由制度は人権(そのもの)擁護システム)
5 (それは所得再分配制度でもセーフティネットでもない)
6 (それは絶対自由資本主義が
  幻覚であり詐術であることを教えている
)
7 (修正絶対自由資本主義の真意は
   人権(そのもの)擁護システム社会
)






1 (
個人ではやり切れない危機を社会全体で賄う
  社会保障制度
)

社会保障とは?

植村尚史教授は、こう説明している。
曰く。
1.社会保障とは?

社会保障とは、「生涯のうちに遭遇する可能性のある、
さまざまな生活上の危機や困難を回避、軽減するための
仕組み」であるということができます。
長い人生には、それまでの生活を維持していくことが困難
になってしまうような、生活上の危機に遭遇する可能性が
あります。
例えば、病気になって働けなくなる、膨大な医療費がかかる、
高齢になって働けなくなり収入の道が途絶える、寝たきりに
なって介護を受けることが必要になる、などです。」
「社会保障というのは、生活上の危機を社会全体で分散して
確実に危険を避け、しかも個人の負担を軽くする合理的な
仕組みということができます。」
(植村尚史
「【図説】これからはじめる社会保障[第4版]」日本加除出版
株式会社2頁以下、と。





2 (
絶対自由資本主義似非社会には存在しない
  社会保障制度
)

絶対自由資本主義人工市場似非社会経済学に社会保障
制度は、存在し得ない。

佐和隆光教授曰く。
市場の失敗と政府の失敗

もう一人のケインズ嫌いの大御所は、1976年のノーベル
経済学賞受賞者ミルトン・フリードマンである。・・・
・・・市場メカニズムが所得再分配の大きな格差を生むことを
もって「市場の失敗」の一つに数えたとする。
それに対処するために、累進課税制、生活保護などの施策を
講じるべきである、とケインズ主義者ないしリベラリストは主張
する。
フリードマンは「どんな社会においても、その社会がどう組織
されているかとは無関係に、所得の分配に対する不満が常に
あるものだ」(ミルトン&ローザ・フリードマン『選択の自由』
1979年、日本語版は西山千晶訳で日本経済新聞社刊)と
断った上で、「政府による所得の再分配は、それがいかなる
ものであれ、情報伝達と動機づけという市場の二大機能を麻痺
させるから善くない」(前掲書)と言う。
・・・・所得分配の不平等の結果、ひもじい思いをする貧者の
存在を厭わないことを正当化する根拠は薄弱だと言わざるを
得まい。
また「市場の二大機能」を麻痺させることによって、効率が損な
われることは事実であるにせよ、だから「所得の再分配」を
すべきでないというには、もう一段の論理的な根拠が必要と
されよう。
なぜなら所得再分配の是非は、富者と貧者に生じるであろう
利害損失を社会全体としてどう評価すべきなのかにかかってくる
からである。」
(佐和隆光
「漂流する資本主義」ダイヤモンド社77頁以下)、と。


絶対自由資本主義人工市場似非社会経済学に社会保障制度
が存在しないのは、当り前だ。





3 (
人権(そのもの)の進歩向上促す暫定自由制度
  の一環として存在
)

全ての人が、社会(国家)の中で、他者と共に、
健康で文化的な生活を営むべく自由に生きていく
則法(自然法)人権(そのもの)擁護システム社会(国家)の
インフラは、法律制度と暫定自由制度である。
社会保障制度は人権(そのもの)の進歩向上を促す暫定自由
制度の一環として存在しているのであって、所得再分配制度
でもなければ、セーフティネットでもない。


香取照幸大使は、
「社会保障を充実させようとする施策の背景には、社会保障は
社会の発展の基盤である、という哲学、理念がある」と、
こう言っている。
曰く。
「◎思い切って飛べるということ
セーフティネットには、落ちて死んでしまったり怪我をしたりする
のを防ぐ機能があります。
予めセーフティネットを張り巡らせておくことによって、落ちても
怪我をしないだけでなく、怪我をしないから再び挑戦できる。
一度失敗したらそれで終わり、ではない。
貧困に陥ることを防ぐことができます。
しかし、それだけではない。
ネットが張り巡らされていることの意味は、怪我をしないためだけ
ではありません。
セーフティネットがあることで、人間はリスクを冒すことができます。
思い切って勝負ができる。
空中ブランコ乗りは、思い切って飛んで新しい技に挑戦できます。
それで技量が上がっていく。
だからお金が稼げるんです。
それは経済活動も同じです。
セーフティネットは、人々が自分の能力や可能性を最大限に発揮
して自己実現をする、その挑戦を支えるものです。
ネットがあって安心だから思い切って勝負ができる、失敗しそうな
ことにも果敢に挑んでいくことができる、というのが社会保障の
セーフティネットのもう一つの意味です。
社会保障は社会の安定を支えるだけでなく、一人ひとりの自己実
現を支え、それを通じて社会の活力や経済の発展を支えてもいる
のです。
この考え方の背景には、社会の進歩や発展の基盤には人間の
営為がある、人間の自立と自己実現を支えるためには社会保障
のような仕組みが必要なのだ、という哲学があります。
ちょっと考えれば分かることですが、ITであれ何であれ、イノベー
ションを産み出すのは誰でしょうか。
人間です。
人間が考えて、人間が発明するわけです。
誰かが発明したものを他の誰かがブラッシュアップしてさらに新しい
ものをつくる。
それが積み重なっていって社会が進歩発展するわけです。
一人ひとりの人間が現状に甘んじて、昨日と同じ生活ができれば
いいと考えていたら社会は発展しません。
みんなが新しいことに挑戦して次々と前に進んでいく。
一人ひとりの人間が能力を発揮する、ということのΣ (シグマ、
総和)が社会の活力であり、その活力が社会を発展させる
のです。
ですから、社会の構成員一人ひとりが自分のやりたいと思って
いること、自分が挑戦したいと思っていることに挑戦できるように
すること、あるいは、潜在的に持っている能力を発揮しやすい
環境をつくること、今の言葉で言えば、人的資本を充実していく
ということが社会の発展の基本であって、社会保障はまさに
それを実現するための基盤となる仕組みです。
社会保障を充実させようとする施策の背景には、社会保障は
社会の発展の基盤である、という哲学、理念がある」
(香取照幸
「教養としての社会保障」東洋経済新報社56頁以下)、と。


香取大使の趣旨は、社会保障制度は人権(そのもの)の
進歩向上を促す暫定自由制度の一環として存在している、
という事実を指摘するにある、と考える。





4 (
暫定自由制度は
   人権(そのもの)擁護システム
)

図L―暫定自由制度(人権擁護システム)

図L―暫定自由制度(人権擁護システム)


暫定自由制度は、
「@人権(そのもの)を守るための事前方策(規制)は
 必要最低限にとどめる。
A取りあえずは自由(暫定自由)とすることによって
 人々の健康で文化的な生活の進歩向上を促す。
Bそれ故の人権侵害阻害損傷による社会(国家)の
 歪みは、刑罰や公共事業制度や帰属所得再評価
 不当利得返還制度としての累進課税制度と一体の
 社会保障制度などの社会補修復元制度を以て
 事後的に補修復元する。」
という人権(そのもの)擁護システムだ。





5 (
それは
  所得再分配制度でも
   セーフティネットでもない
)

社会保障制度は人権(そのもの)の進歩向上を促すこの
暫定自由制度の一環として存在しているのであって、
所得再分配制度でもなければ、セーフティネットでもない。


「近代社会の理念は、個人の自由と基本的人権を普遍的な
価値とするということですから、人間はみんな自由に行動し、
自分の望む人生を選べるということになっています。
それは尊いことですが、反対から見れば、一人ひとりが
自分の責任で生きていかなくてはならない社会だということ
でもあります。
すると、病気や怪我、失業、被災といった、生きていく中で
起こり得る事故については、必然的に、自分の責任で対処
するのが基本ということになります。」
(香取照幸
「教養としての社会保障」東洋経済新報社51頁)、と
言われてきた。
しかし、近代絶対自由資本主義幻覚は、人工市場似非社会
であって、人が生きていくための社会(国家)ではない。
アダム・スミスの見えざる手は、マーケットメカニズムのはずだ。
話は人工市場似非社会での話のはずだ。
もし、仮に、近代絶対自由資本主義幻覚が、自己責任であれ、
人が生きていくことを目的とした社会のつもりであるのなら、
絶対自由資本主義幻覚の真意は、
全ての人が、社会(国家)の中で、他者と共に、
健康で文化的な生活を営むべく自由に生きていく
則法(自然法)人権(そのもの)擁護システム社会(国家)のはず、
だ。





6 (
それは絶対自由資本主義が
  幻覚であり詐術であることを教えている
)

「A取りあえずは自由(暫定自由)とすることによって
 人々の健康で文化的な生活の進歩向上を促す。
Bそれ故の人権侵害阻害損傷による社会(国家)の
 歪みは、刑罰や公共事業制度や帰属所得再評価
 不当利得返還制度としての累進課税制度と一体の
 社会保障制度などの社会補修復元制度を以て
 事後的に補修復元する。」
つまり、社会保障制度は、人権(そのもの)の進歩向上を
促す暫定自由制度の一環として存在している。
これは、要するに、絶対自由資本主義が幻覚であり、
詐術でしかないことを意味している。





7 (
修正絶対自由資本主義の真意は
   人権(そのもの)擁護システム社会
)

西村健一郎教授は、
「社会保障法によって生活自己責任原則を修正する必要性
が存在するのであり、国家による個々の国民の生活に対する
積極的な配慮が要請される」として、こう言っている。


曰く。
「 
1 現代社会と社会保障の必要性

現在、人は、法律に違反したり公の秩序(公序)に反しない
かぎり、自己と家族の生活をその責任において自由に営む
ことができる。
しかし、この生活自己責任の原則を貫いて、生活の過程で
人がこうむる病気、災害、失業などのさまざまの事故を、
自らの力と責任だけで克服することは難しい。
現代社会で、たいていの人は、病気、災害、失業などによって
生じる経済的コストをすべて自ら独力で負担できるほどの
資力を持っていないからである。
ここに社会保障法によって生活自己責任原則を修正する
必要性が存在するのであり、国家による個々の国民の生活に
対する積極的な配慮が要請される理由がある。」
(西村健一郎
「社会保障法入門」有斐閣1頁)、と。


しかし、社会保障制度は、人権(そのもの)の進歩向上を促す
暫定自由制度の一環として存在している。
所得再分配だとかセーフティネットだとかいうようなちゃちな
制度できない。
絶対自由資本主義(絶対自己責任)は幻覚であり詐術でしかない。
したがって、修正絶対自由資本主義(絶対自己責任)の真意は、
則法(自然法)暫定自由制度人権(そのもの)擁護システム社会
(国家)だ、と考えられてくる。


修正絶対自由資本主義(絶対自己責任)では、「修正」の名の前提
で、全ての人が、社会(国家)の中で、他者と共に、健康で文化的
な生活を営むべく自由に生きていくべし、とする超法規社会規範
=法(自然法)が持ち込まれているはずなのである。
だが、誰も、則法(自然法)暫定自由制度人権(そのもの)擁護シス
テム社会(国家)の理論化可視化をしてこなかった。
知らなかったのである。
それ故、修正絶対自由資本主義(絶対自己責任)としてしか
説明が出来ないでいる、というのが真実なのである。