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累進課税制度は暫定自由制度の一環として在る帰属所得再評価不当利得返還制度



 第四部
  第5章


 累進課税制度は
  暫定自由制度の一環として在る
  帰属所得再評価不当利得返還制度







     [目 次]



1 累進課税制度は
  暫定自由制度の一環として在る
  帰属所得再評価不当利得返還制度




2 比例税は
   帰属した所得の再評価を否定する
   絶対自由資本主義の帰結




3 規制緩和と累進税率の緩和による
  絶対自由資本主義似非社会化完全犯罪




4 所得再分配認める
  絶対自由資本主義似非社会主義
  経済学の破綻




5 戦後再建に活用された
  累進課税制度











1 累進課税制度は
  暫定自由制度の一環として在る
  帰属所得再評価不当利得返還制度



社会的分業制度とともに人権擁護システムの中核を成す
暫定自由制度は、こうである。
@ 
人権擁する、資するための自由の事前規制は必要最小限に
とどめ、
A
取りあえず自由(暫定自由)とすることによって、
人が他者と共に生きていく(健康で文化的な生活を営んでいく)
ことの進歩向上を促す。
B
その結果として起きる人権侵害阻害損傷・社会(国家)の歪みは、
刑罰や公共事業制度や帰属所得再評価不当利得返還制度
としての累進課税制度と連結一体の社会保障制度などの
社会補修復元制度を以て事後的に補修復元する。
C
人権侵害阻害損傷・社会(国家)の歪みはBよりむしろ社会(国家)
を絶対自由資本主義人工市場似非社会化・幻覚国家化する完全
犯罪によって惹起される。
その場合も、公共事業制度や帰属所得再評価不当利得返還制度
としての累進課税制度と連結一体の社会保障制度などの
社会補修復元制度を以て事後的に補修復元する。


したがって、自由契約による所得の帰属はそのまま絶対的なもの
として帰属するのではなく、税制度すなわち帰属所得再評価不当
利得返還制度たる累進課税制度による再評価を経て後に正式に
帰属する。
税制度が帰属所得再評価不当利得返還制度であり累進課税制度
であるのは、税制度が暫定自由制度の一環として存在するもので
あり、又、不当利得は所得が高くなるほどに累進的に発生する、と
考えられるからだ。


則自然法人権擁護システム社会(国家)での公平とは、全ての人が
社会(国家)の中で他者と共に生きていく(健康で文化的な生活を営ん
でいく)べし、という法(自然法)に適っていることだ。
だとすると、生きていく(健康で文化的な生活を営んでいく)ことが
ままならない人たちが少なからずいる場合、喪失才覚人たちが得る
有り余る所得は、少なくとも、生きていく(健康で文化的な生活を営ん
でいく)ことがままならない人たちのままならない分相当分については、
不当利得だ、と考えられるだろう。
結局、要するに最低限度の人権である生存権がままならない分
=充足不足分相当が不当利得分である。
また、不当利得は比例的にではなく、所得が高くなるほどに
累進的に発生する、と考えられる。
少なくとも、規制撤廃と比例税率化、つまり絶対自由資本主義
似非社会化完全犯罪による人権侵害阻害損傷を防ぐには
累進課税しかない。


要するに、税制度は暫定自由制度の一環として帰属所得再評価
不当利得返還制度・累進課税制度・人権擁護制度として存在して
いる。


図R―則自然法人権擁護システム社会の税制度









2 比例税は
   帰属した所得の再評価を否定する
   絶対自由資本主義の帰結



所得再分配とは、暫定自由制度の一環として在る
帰属所得再評価不当利得返還制度としての累進課税制度と
連結一体の社会保障制度などの社会補修復元制度の俗称だ。


石見徹東京大学名誉教授は、
「所得の再分配には比例税よりも累進税の方がふさわしい
ということである。この考え方が最も有力であろう。」、と言う。
曰く。
「累進税制について
所得の高い人が高い累進税率に抵抗感をもつのは、当然と
いえば当然である。誰でも自分の懐を痛めることは避けたいのが
人情である。それが累進課税に反対する理由としてまず思いつく
点である。勤労意欲が低下するとか、より低い税率をもとめて
高額所得者が国外に脱出するとかいう反対の理由はたしかに
ある。しかし、その根底にあるのは財産権の自由という思想で
ある。ところが、自由な財産権が真空の中で存在するわけでは
ない。高所得が政府の各種のサービスによって支えられ、
社会の枠組みの中で発生していることを忘れるべきではない。
それが納税義務の基本的な理由である。
ただそうはいっても、なぜ所得に一定比率で課税する「比例税」
ではなく、所得が高くなるほど税率も上がる「累進税」でなければ
ならないのだろうか。この疑問に対して、明快な答えを出すことは
それほど簡単ではない。そこで、たとえば「応能原則」を主張する
人がいる。別の言い方をすると、支払い能力のある人が相応の
負担をすべきということである。・・・・
もう一つ累進性の論拠として、所得が高い人ほど国家サービス
から受ける利益も大きいという考え方もある。これは「利益対価説」
といってもよいが、たとえば所得の高い人ほど盗難や犯罪に巻き
込まれる可能性も高く、その被害額も大きくなる。災害にあった
場合でも損失額は大きいので、警察や消防など公共サービスに
高い税金を払うのはそれなりの根拠がある、というわけである。
しかし、この理由で累進税を根拠付けるのは、簡単ではない。
なるほど被害額が大きくなるにしても、その増え方が所得比例では
なく、累進的に増えることを論証しなければならないからである。
そこに「利益対価説」の弱点がある。
もう一つの答えは、所得再分配には比例税よりも累進税の方が
ふさわしいということである。実際上は、この考え方が最も有力
であろう。・・・・
・・・・累進課税を正当化する論拠として何が説得力を持つかというと、
以上のような「利益対価」説や「応能原則」ではない。そうではなく、・・・
所得の限界効用逓減が重要なカギである・・・。所得の上昇はある
水準まで幸福度を増す効果は大きいが、その閾値を超えると、
所得の有難みは逓減する。「幸福な農民と惨めな億万長者」の
パラドックスが成立するならば、億万長者の所得を減らしても実害
はさほどでもない。貧しい農民は、現状でも幸福かもしれないが、
所得が増えれば生活満足度、あるいは福祉(welfare)や、幸福
(well-being)はいっそう増大するはずである。
たしかに経済学には「効用」や「福祉」を集計できるかどうかという
難問はあるが、ここでは社会全体の集計量を問題にしているので
はない。ここで意味をもつてくるのは、人々の間に多かれ少なかれ、
共通の利害関係の場にいるという意識、すなわち共同体意識である。
そのような意識があれば、所得水準によってその限界効用が違う
ことにも理解が及びやすいだろう。」
(石見徹「「幸福の日本」の経済学」
 講談社選書メチエ154頁以下)、と。


しかし、「比例税」は、
自由契約の結果として帰属した所得の再評価を否定する絶対
自由資本主義の論理的帰結でしかない。
だが、戦後の日本社会(国家)は、全ての人が社会(国家)の中で
他者と共に生きていく(健康で文化的な生活を営んでいく)ための
システムとして存在している。
則自然法人権擁護システム社会(国家)は社会的分業制度、
暫定自由制度、法律制度、国家公務員制度という四つの人権
擁護制度によって成り立っている。
税制度は、暫定自由制度の一環として帰属所得再評価不当
利得返還制度・累進課税制度・人権擁護制度として存在して
いる。


絶対自由資本主義幻覚を真正面から批判することが憚れる
というのなら、応能負担で行くに問題はないだろう。
野水鶴雄は
「平成15年版基本所得税法」(初版は昭和50年)で、
こう解説していた。
「第1章 所得税の特徴と役割
・・・・
1 特  徴
・・・
(6) 超過累進税率による応能負担課税を行う。
・・・
2 役  割
(1)  超過累進税率を適用すること、各種所得の金額の計算の
  方法を異にすることなどにより、担税力に応じた公平課税の
  役割(機能)を有する。
(2) 所得が多い者から比較的多くの税を負担させ、所得の少ない
  者から比較的少ない税を負担させることによって、富の集中
  を是正する機能を有する。
(3) 所得の多い者から税を徴収し、徴収した所得税を社会政策の
   ために使用するいわゆる所得再分配の機能を有する。
(4) インフレの時、増税し、景気の過熱を抑制し、デフレの時は
  減税し、消費を活発にし景気浮揚させるいわゆる景気変動
  に対する自動安定を図る機能を有する。」
(野水鶴雄「平成15年版基本所得税法」
 税務経理協会2頁以下)、と。








3 規制緩和と累進税率の緩和による
  絶対自由資本主義似非社会化完全犯罪



戦後の日本社会(国家)は、全ての人が社会(国家)の中で
他者と共に生きていく(健康で文化的な生活を営んでいく)ための
システムとして存在している。
税制度は、暫定自由制度の一環として帰属所得再評価不当
利得返還制度・累進課税制度・人権擁護制度として存在して
いる。
規制緩和と累進課税の緩和すなわち絶対自由資本主義
似非社会完全犯罪によって人権侵害阻害損傷・社会(国家)の
歪みは惹起される。
喪失才覚人たちへの不当な偏蓄がなされる。
それは完全犯罪成功の証なのである。


「累進税率の緩和」は日本でも、「欧米諸国を追いかける」形で
行われて来ている。
石見徹東京大学名誉教授は、
こう言っている。
曰く。
「以上のような考えとは対照的に、現実に欧米諸国でも日本でも、
累進税制の緩和、すなわち高所得層への減税が行われてきたのは、
新自由主義の考え方を背景に経済活性化が理由とされ、
低成長期に入ってからであった。
日本についてみると、所得税の最高税率は1974年に75%
(住民税と合わせて93%)にもなっていたが、1984年から六度に
わたり引き下げられ、また税率が適用される所得の刻みも少なく
なった。つまり累進税率の傾きが平坦になった。その結果として、
1999年には最高税率が37%(住民税と合わせて50%)まで
低下したのである。
現在は、やや累進度が引き上げられ2015年以来、最高税率は
45%(住民税と合わせて55%)となっている(以上、表4−1)。
表4−1 所得税の税率構造の推移
図4−1―所得税の税率構造の推移
しかしそれにしても、1974年に比べると高所得層の優遇が
目立っている。しかも、高所得層にくり返し減税が実施されても、
かってのような高成長は戻っては来ていない。これは注目すべき
事実である。
このような累進税率の緩和は、むろん日本にかぎった現象ではない。
むしろ日本の所得税改革は欧米諸国を追いかけるという性格の
方が強いのである。欧米については、累進度が緩和されると、
高所得者、なかでも最高所得の経営者層がますます高額の報酬を
要求するようになった、という指摘もある。累進度が高い税制の
下では、高額の報酬をもらっても、その大部分が所得税で徴収され
るので、高額所得の有難みは少ないからである。
したがって、累進度の緩和は二重の意味で、すなわち税引き後の
所得格差を大きくするのみならず、高額所得の経営者がより多くの
報酬を要求することを通じて、格差拡大の要因となる。その結果、
彼らの経済力や、政治献金を通じた政治力がますます大きくなり、
政治的に所得税引き下げが実現しやすくなる、というわけである。
この点で目立つのはアメリカで、超富裕層や大企業が巨額の
政治献金を通じて「独裁」的な権力を行使していると、著名な
マーケティングの専門家が述べている。」
「金融所得と資産税
所得税の累進課税については、驚くべき事実がある。それは日本で
所得が1億円以上になると実際に課せられる税率(実効税率)が
下がっていくことである。すなわち累進税率の予想を裏切り、現実は
所得が1億円を超えると逆進的になっているのである(図4―2)。
図4―2 日本の所得税負担率
図4−2―日本の所得税負担率(2013年分)
これは、高額所得者ほど金融所得(株式譲渡益や利子・配当)の
割合が大きくなることに原因がある。勤労所得の最高税率(45%)
よりも、株式など金融所得の税率の方が低い(分離課税だと一律
20%、ただし国税だけでは15%)ので、金融所得の割合が増える
ほど、所得税負担率(あるいは実効税率)は下がっていくのである。
分離課税というのは、文字どおり所得を「分離」して課税すること
である。その逆は総合課税で、すべての所得を合算して課税する。
この場合は累進税になるので、追加的な所得の課税率はいっそう
高くなる。金融所得については、分離課税と総合課税を選択できる
が、総合課税を選ぶ高額所得者はまずいない。
税制にも所得再分配の機能を盛り込むべきだとすると、このような
状態は、いうまでもなく好ましくない。多くの金融資産が高齢者に
よって保有されている現状では、これは世代間の格差を広げる
ことにもなる。富裕層や「小金持ち」を対象にするのであれば、
金融所得を分離するのではなく、他の所得と合わせて累進税を
課す。あるいは、金融資産の保有にも課税するのが望ましい
たけろう。」
(石見徹「「幸福の日本」の経済学」
 講談社選書メチエ159頁以下)、と。








4 所得再分配認める
  絶対自由資本主義似非社会主義
  経済学の破綻



所得再分配とは、暫定自由制度の一環として在る
帰属所得再評価不当利得返還制度としての累進課税制度と
連結一体の社会保障制度などの社会補修復元制度の俗称だ。
したがって、絶対自由資本主義似非社会主義経済学が、
所得再分配を認める、ということは、その破綻以外の何物でも
ないのである。


自然法と人権を捉え損なった、ないしは、否定した、絶対自由資本
主義人工市場似非社会・幻覚国家には、所得再分配・累進課税制度
という概念は存在し得ないはずだ。


たとえば、竹中平蔵慶応大学名誉教授は、
こう言っている。
曰く。
「税の徴収の考え方としては、まず応能負担という考え方が
あります。たくさんお金を稼ぐ人は税を支払う能力も大きいので
たくさん払ってもらおう、という考え方です。これに対して、
応益負担という考え方があります。これは公的サービスを
たくさん享受している人に税を多く負担してもらおうというもの
で、外形標準課税もこの考え方です。
さて、所得税は、所得の高い人にたくさん負担させる応能負担
です。程度の差はありますが、多くの国で所得が高ければ
税率も高くなる累進税率を設けています。ところが、これに
対しては強烈な反論があります。
スティーブン・ランズバークという人が『フェアプレーの経済学』
(ダイヤモンド社刊)というおもしろい本を書いています。子どもに
説明できないことはごまかしだとして、経済のさまざまな仕組み
について、小学生の子どもに説明しようとする内容ですが、
税金に関してだけはどうしても説明ができないというのです。
たとえば、子どもたちが砂場でおもちゃで遊んでいます。A君は
おもちゃを一個しか持っていません。B君はおもちゃを四個持って
いる。そのときA君のお母さんがやってきて、「A君、B君は四個
持っているから、二個とっていらっしゃい」と、そんなことをいう
だろうかというのです。
ところが、税金の世界ではそれが堂々と行われています。
ソフトバンクの孫正義社長のようにたくさんお金を稼いでいる人から
徴収したお金が、そうでない人たちになにがしかの形で分配されて
います。所得の移転が行われているわけです。所得の移転というと
聞こえはよいのですが、これは子どもには簡単に説明ができない
ような行為です。」
(竹中平蔵「竹中教授のみんなの経済学」幻冬舎60頁以下)、と。


「もともと日本の税制は、戦後まもない1949年にアメリカからの
シャウプ勧告によって大枠が決められて現在に至っています。
つまり直接税を税の中心ととらえ、なかでも所得税と法人税を
その主なものとする税制です(ただし、シャウプ勧告では源泉徴収
制度については廃止の方向でしたが、これは日本が拒否しています)。
これに基づく日本の税制は少し前まで所得税に対する累進税率が
非常に高い「頑張った人に厳しい税制」でしたが、1999年の税制
改正で最高税率が50%から37%に引き下げられるなど、かなり
改められています。
ただし、あえていえば、所得に対する累進制度は緩和されている
ものの、一生涯を通して考えた場合の累進制度はいまだに高い
可能性があります。その要因の一つが相続税と贈与税です。
日本の相続税や贈与税は最高税率が70%と、世界的に見て
高い水準にあります。相続税の対象になる資産は、その人が
一生かかって蓄えたものです。その蓄える過程では、当然税金を
払っていますが、税金を払ったうえで残ったものを子どもに贈与
しよう、相続させようとしたときにもう一度税金をとられるわけです。
しかもその税率が、きつい累進性になっています。」
(竹中平蔵「やさしい経済学」幻冬舎文庫65頁以下)、と。


ミルトン・フリードマンはこう言っていた。
曰く。
「「各人へは、それぞれが所有する手段を使って生産したものに
応じて」――市場経済における所得の分配の根拠となり得る
原則がもしあるとしたら、これになるだろう。この原則は、早くも
暗に国の介入を前提としている。というのも、生産手段の所有権は
法の規定と社会の慣習によって成り立つものであり、・・・その定義と
実行は国の主な役割の一つだからだ。この原則に従って所得と富
を完全に分配したときの最終結果は、所有権や財産権の定義次第
で大きく違って来よう。」
「生産に応じた分配、その結果としての不平等の容認といった資本
主義の原則に対して現在なされている反論には、このように根拠が
ない。が、もちろんそれだけでは、この原則がよいということには
ならない。考えてみれば、資本主義的な論理や価値観を受け入れる
べき根拠を示すのはむずかしい。しかし、退けるべき根拠を示すのも
むずかしく、ほかに妥当な考え方もないように思う。私自身は、これを
普遍の原則とみなすべきでないと考えるようになった。そうではなく、
自由のようにもつと大きなものを実現する手段であり、あるいは
必然的な帰結であると捉えるべきではないだろうか。」
(ミルトン・フリードマン「資本主義と自由」
村井章子訳日経BP社294頁、299頁)、と。


ミルトン・フリードマンも竹中平蔵も
全ての人が社会(国家)の中で他者と共に生きていく(健康で文化的な
生活を営んでいく)べし、という超法規社会規範=法(自然法)感覚と
人権感覚を喪失した喪失才覚人なのである。
自由を絶対・人権と錯覚・倒錯しているのは理屈ではないのである。
絶対自由資本主義似非社会・幻覚国家は、少なくとも結果的には、
喪失才覚人たちが限りなく豊かになることを可能にせしめた人為的な
似非社会・幻覚国家だ。
そこに所得再分配だの市場の失敗だのという概念はあり得ない。
あり得るのは、可能な限りの政策をミックスし、喪失才覚人たちが
限りなく豊かになることを可能にせしめんとすることだけだ。
しかして、絶対自由資本主義似非社会主義経済学が所得再分配
を認めざるを得ないようになったということは、その破綻を意味する
のに他ならないのである。








5 戦後再建に活用された
  累進課税制度



「ピケティは、「1910年代から1970年代までの格差の縮小は、
戦争による資産の破壊と、雇用の増加に直結する戦後の技術
革新によるものである」「第二次大戦後に格差の縮小をもたらした
のは、戦後に導入された、累進制を持った所得税と相続税である」
と推察しています。
そうした観点からビケティは、「政府が社会制度を変えることで
格差拡大を防ぐことは可能である」として、格差是正のための
累進税率を提案しています。
具体的には、「金融資産や不動産などの資本に対し、年0.3%
から最大で10%を課税する。
また所得税の累進制を上げ、年間50万ドル以上の所得に対しては、
80%程度の限界税率を課する」というものです。
一言で言えば、富裕層から高い税率で税金を取って政府が福祉や
医療の形で貧困層に分配するというもので、典型的なケインズ型の
所得再分配政策といえるでしょう。
アメリカの新古典主義経済学では、所得上位の人々に過度に
累進的な税を課すと、彼らの勤労意欲を失わせ、国の経済全体に
マイナスが大きい、と説きます。
それがレーガノミックスにおける減税や、日本の1980年代以降の
所得税率・相続税率引き下げの根拠になっています。」
(前掲中原圭介「格差大国アメリカを追う日本のゆくえ」
朝日新聞出版103頁以下)


則自然法人権(そのもの)擁護システム社会(国家)では
税はインセンティブ制度としてあるのではない。
税制度は帰属所得再評価不当利得返還制度であり、それ故
累進課税制度が最も合理的な制度だ。
累進課税を説くビケティの真意は、全ての人が他者と共に健康で
文化的な生活を営むべく自由に生きていく、則自然法人権(その
もの)擁護システム社会(国家)を説くにある、と考えられてくる。


行き過ぎた規制緩和と税のフラット化によって則自然法社会
(国家)は絶対自由資本主義人工市場似非社会化されて行く。
そして、他者の人権(そのもの)の侵害阻害の上に喪失才覚人たち
の限りない不当な偏蓄がなされて行く。
その結果として起きるのが、不況であり、行き過ぎた格差だ。
その対策として、「行き過ぎた規制緩和と税のフラット化」を
そのままにしての、さらなる規制緩和や金融緩和という資本主義
似非社会化によって、経済成長を求める、というのは倒錯以外の
何物でもない。
その結果の巨額の財政赤字の背負い込みも宜なるかなである。


資本主義人工市場似非社会化による社会(国家)破綻は、
社会(国家)補修復元制度である帰属所得再評価不当利得たる
累進課税制度によって行われるはずだ。


元厚労官僚の香取照幸はこう言っている。
曰く。
「・・・我が国の財政は巨額な赤字を背負っています。
債務残高(国と地方の長期債務残高)は1100兆円を超え、
GDPの200%を超えています。・・・
数年前にEUで大問題になったギリシャや財政破綻寸前と
言われるイタリアなど、どの先進国よりも大きな債務を抱えている
のが日本です。
歴史的に見ても、これほどの債務を負っていた時期は、・・・
第二次大戦敗退直後の1945年以外にはありません。」
「◎日本史上、最大の財産課税
・・・日本の歴史上、一度だけ凄まじい財産課税をしたことが
あります。
戦後まもなくのことです。
敗戦時、1945年の日本の債務はGDPの200%に達して
いました。
焼け野原と化した日本を再建するために、もちろんアメリカからも
援助を受けたわけですが、政府は凄まじい財産課税を断行し
ました。
旧大蔵省(現財務省)の『昭和財政史』という本に詳しい記述が
ありますが、旧大蔵省は戦時中から、戦後どのように債務を
返済して日本を復興させるかを懸命に考えていたようです。
その法律の名は「財産税法」。
10万円以上(現在価格で約5000万円以上)の財産を保有する
個人に課せられ、最高税率は90%(資産1500万円超)に達し
ました。
資産家から徹底的に財産を召し上げた凄まじい課税です。
連合国の占領下だからこそできたことに違いはありませんが、
財閥を解体し、華族制度を廃止し、華族にも皇族にも、天皇にも
課税しました。
1945年春に発表された財産税の納税番付のトップは天皇家
です。
天皇家は37億4300万円を納め、残りの皇室財産は国有財産
になりました。
秩父宮、高松宮、三笠宮を除く11家51人の皇族が巨額の財産税
を支払った上に皇籍を離脱しました。
都内のそこかしこにある公園の多くは元々は皇族の土地でこのとき
物納されたものです。
戦後の混乱期とはいえ、個人財産の9割を取り上げる累進課税は
空前絶後、過酷なものだったと思います。
しかもこの時政府が断行した施策は財産課税だけではありません
でした。
農地解放、預金封鎖、デノミ敢行、新円発行、ドッジ税制、できること
はすべてやって乗り切りました。
これはもうほとんど革命です。
財産課税や農地解放はレーニンやスターリン、毛沢東ですら完遂
できなかったほど徹底した改革でした。
戦後の日本の財政政策は、社会主義革命以上だったと言っても
過言ではないでしょう。
・・・・今の日本の財政状況は終戦直後に匹敵します。
財政再建にはこれくらいのことをやらないといけないのかも
しれません。」
(香取照幸「教養としての社会保障」東洋経済新報社
162頁、119頁以下)、と。


戦前の日本から戦後の日本へ、
それは、幻覚国家従人為法絶対自由資本主義人工市場似非社会
から
則自然法暫定自由制度人権(そのもの)擁護システム社会(国家)へ、
コペ転回させた正真正銘の革命だったのである。
そこでの教訓は、社会(国家)を破壊するのは、幻覚国家従人為法
絶対自由資本主義人工市場似非社会主義だ、ということだ。
今、自由主義資本主義と喧伝されているそのものの正体は、
喪失才覚人たちを限りなく豊かにせしめることを目論んだ、
似非社会主義なのである。
破壊された社会(国家)を補修復元するのは、則法(自然法)人権
(そのもの)擁護社会(国家)の税制度である帰属所得再評価不当
利得返還制度たる累進課税制度だ、ということだ。
それは、則自然法暫定自由制度人権(そのもの)擁護システム社会
(国家)が、普遍的な人間社会(国家)であるから、に他ならない。