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法律は国家の規範であるという幻覚が措定させた自由意思幻覚



 第一部
  第3章


 法律は国家の規範である
 という幻覚が
  措定させた自由意思幻覚


  ――それは法律が国家の規範であるというのが
     幻覚でしかない証だ







1 法規(法律)も契約も
 人権擁護システムとしての法律制度の
 一環としてある

2 法律は国家の規範であるというのは幻覚
3 法律は国家の規範でなければならない故の
  自由意思人擬制

4 合意である法律と契約を
  人為法(規範)としてでっち上げた原理的トリックは
  法律行為論だ

5 自由意思人擬制の上の
  絶対自由資本主義人工市場似非社会化
  洗脳詐欺完全犯罪








1 
法規(法律)も契約も
 人権擁護システムとしての法律制度の
 一環としてある

 
 
図M―法規(法律)も契約も
   法律制度=人権擁護システムの一環としてある



則自然法暫定自由制度人権擁護システム社会(国家)約した
社会的合意が最高法規=憲法だ。
人権を擁し資し進歩向上を促すための方策・制度を予め約す
社会的合意(契約)が法規(法律)だ。
当該行為に係る人権を擁し資し進歩向上を促すための方策
・制度を予め約す当事者間合意が契約だ。
契約は法律(法規)を補完するものとして法律制度の一環とし
てある。
法律(法規)を作るのを専務とする国会を置き予め法律(法規)
を作らせ、それを実施するのを専務とする内閣を置いてそれを
実施させ、起きてしまった個別の人権侵害阻害は裁判所に
フォローさせることによって、人権擁護を全うさせるとともに
人権の進歩向上に寄与せしめるシステムが、法律制度である。


「法律は国家の規範である」という幻覚が自由意思幻覚を措定
させたのである。
この事実は「法律が国家の規範である」というのが幻覚でしかない
証なのである。


生きていく、という絶対的な目的な目的を持った、それでいて社会
(国家)を組織してみんなで生きていく(健康で文化的な生活を営んで
いく)以外に生きていく術のない生き物。
これが「具体的人間」なのである。
この具体的人間感覚=神の見えざる手が、全ての人が社会(国家)
の中で、他者と共に生きていく(健康で文化的な生活を営んでいく)
べし、とする自然法(超法規社会規範)を観念させ、全ての人が
他者と共に生きていく(健康で文化的な生活を営んでいく)暫定自由
制度人権擁護システム社会(国家)を組織せしめたのである。


要するに、人間は法も社会も人権も自由には作り得ないし、実際、
現代則自然法暫定自由制度人権擁護システム社会(国家)は、
人為的に作られたものではないのである。
それは具体的人間感覚=神の見えざる手によって創られたので
ある。







2 
法律は国家の規範であるというのは幻覚

「法律は国家の規範である」という幻覚が自由意思幻覚を措定
させたのである。
この事実は「法律が国家の規範である」というのが幻覚でしかない
証なのである。


曰く。
「1 意志の自由
古典学派と実証学派との論争の出発点は意志自由の有無にある
が、この問題はひとり刑法学においてのみならず、古来、形而上学、
倫理学ならびに心理学上において活溌な論議の対象となってきた。
近代心理学における実験的研究の成果と生物学的観察の諸事実
とを総合すると、意志の必然性すなわち意志の不自由を論定せざる
を得ない。
主として今世紀の前半期に実を結んだ犯罪現象に関する実証的
研究は、これが遺伝と環境との所産であることを明らかにした。いき
一方においては、犯罪人の血族から犯罪人が多く出るという遺伝的
事実は、犯罪性そのものの遺伝を証明するものではないけれども、
犯罪、浮浪、売淫などを導きやすい基礎的精神素質たる精神薄弱や
精神病質が遺伝することを証明している。
かような素質の遺伝を前提として、犯罪人の血族から犯罪人が出現
しやすいという事実はある。
他方においては、生命・身体・性欲に関する犯罪は春夏の頃に多く
行なわれるとか、経済的不況期には財産に関する犯罪が著しく増加
するとかいうような数々の現象があって、明らかに環境的条件に
よって、犯罪の種類と増減とが支配されていることがわかる。
犯罪現象がこのように遺伝と環境との二大原因に支配されている
のは、人間の行為がこれらの原因力の影響下にあることをあらわし
ている。
換言すれば、犯罪への意志は、無原因的な意味における自由を
有するものではなく、全く意志以外の原因によって決定されている
ことが明白である。
つまり、こういう見方からすれば、人間の意志は明らかに外部的
条件によって決定されている。
すなわち、経験科学的見地からすれば、意志決定論は不動の真理
であると言わなければならない。
しかしながら、当為の世界・価値の世界においては、問題はおのず
から別異のものとなる。
刑法は国家の規範であり、刑法学は倫理学と共に規範に関する
科学であるから、人間社会を規律する規範としての立場から、意志
自由の問題も論じなければならない。
この立場においては、まず、経験科学的事実として、人間社会を
構成する各員がいずれも意志の不自由な者ばかりであるという事実
から出発すべきである。
意志不自由者の集団を規律する規範としての刑法は、その不自由
者だけの集団を規律する原理として発達したものであることを看過
してはならない。
万人の不自由ということが前提になる。
ある人が自由で他の人が不自由であるというのではない。
すべての人が不自由なのであるから、この不自由を出発点として、
それら不自由人の集団を規律すべき規範を考えなければならない。
この規律における規範的公準・・・としての意味ならば、意志自由を
措定することは十分可能である。
「人間の意志は自由か」という問いに対し、経験科学的にこれを論ず
るなら、否定しなければならない。
しかし、規範科学的に論ずるなら、それを肯定して義務の出発点と
することが可能となる。
意志の自由は経験的事実ではなくて規範的公準なのである。
この後者の意味における自由は、かつて古典学派の固執したような
万人一様の絶対的自由ではない。
遺伝と環境とが千態万様なことの必然の結果として、意志の自由した
がってその不自由も各人各様であるべきである。
ここでは万人の不自由を容認するが、その不自由の程度までも万人
一様であるとするのではなく、かえって各人各様なことを認めるので
ある。
ただ万人みな不自由という事実を否定しえないとし、それを出発点
とするのである。」
「・・・・ひらたい言葉で言えば、意志自由が現にあるから倫理的・法的
責任があるのではなく、倫理的・法的規範が人間社会にとって欠くこと
のできない規律であるから、その存在の前提としていわゆる意志自由
が根本仮説となるのである。
刑事責任の前提として必要であるとされるのは、経験科学的事実と
しての意志自由ではなく、規範的公準としてのそれなのである。
刑法学上意志自由を肯定しようとする学説は、責任の前提として
意志自由の規範的必要性を思うがゆえに、それを肯定しようとする
のである。
この規範的要求に応えるために前提とすべき意志の自由は、古典学
派が初期において主張したような万人一様の絶対的自由でなければ
ならぬ理由は毫も存しない。
このような相対的自由であるならば、実証学派もその実質においては
肯定するものである。
ただそれを「意志自由」と呼ぶことを、この学派は欲しないというだけ
のことである。
実証学派の説くところ、それは意志決定論と称せられるものであっても、
経験科学的認識の対象としての意志自由を否定するにとどまり、規範
的公準としてここに説くところの意味における意志自由とはかならずしも
矛盾をきたすものではない。
リストのいわゆる「正常な決定可能性」・・・を意志の属性として有する
ことをもって責任能力の前提とすることは、その実質において、ここに
いう相対的自由を認めることと異なるものではない。」
(植松正「全訂刑法概論T総論」勁草書房16頁以下)、と。


しかし、人間は自由意志人でもなければ、不自由意志人でもない。
人間は、生きていく、という絶対的な目的を持った、それでいて社会
(国家)を組織してみんなで生きていく(健康で文化的な生活を営んで
いく)以外に生きていく術のない生き物、そういう具体的人間である。
すべての人が、社会(国家)の中で、他者と共に生きていく(健康で
文化的な生活を営んでいく)べし、という自然法(超法規社会規範)
は、具体的人間感覚が観念させた、現代社会(国家)に実在する
唯一の社会規範だ。






3 
法律は国家の規範でなければならない故の
  自由意思人擬制


図O-6―法律は国家の規範でなければならない故の
    自由意思人擬制








4 
合意である法律と契約を
  人為法(規範)としてでっち上げた原理的トリックは
  法律行為論だ


@「法律行為とは、意思表示を構成要素とし、その意思に
よって欲せられたとおりの権利義務関係の設定・変動が
生ずる行為のことです。」
(早稲田経営出版「行政書士基本テキスト」)、
と措定した上で、
Aそれ自体は、
社会的合意=法規(法律)・当事者間合意=契約
にすぎないものを、
Bそういう法律行為と偽装することによって
C人為法(規範)・実体法としてでっち上げる
原理的トリック理論が法律行為論だ。


図O-4―人為法(擬似規範)は
    法律行為トリックによって規範としてでっち上げられた
    合意(法律と契約)








5 
自由意思人擬制の上の
  絶対自由資本主義人工市場似非社会化
  洗脳詐欺完全犯罪


図F―自由意思人擬制の上の
   絶対自由資本主義人工市場似非社会化
   洗脳詐欺完全犯罪