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自然法と人権顕在化による合意と権利の意味転化


第四部 
  第2章

  自然法と人権顕在化による
  合意と権利の意味転化
   
――それは具体的人間感覚(神の
     見えざる手)がさせた








   基本的人権は人権の別称。
   だが、
日本国憲法や世界人権宣言には
   目的と手段の関係にある人権と擁し資し
   進歩向上促す具体的権利(義務)とを
   基本的人権として一緒くたにした誤謬が
   ある。
   これは人権の意味を捉え切れていない
   ことを意味する。
   だが、重要なことは、日本国憲法や世界
   人権宣言には確かに人権が実在している
   という事実である。
   自然法と人権が顕在化し、それに伴って
   合意(法規と契約)と権利(義務)が人権を
   擁し資し進歩向上を促すための手段へと
   転化し、自由平等の意味が権利(義務)の
   属性として転化しているのが、
   現代則自然法社会(国家)なのである。






     【
目 次

1 自然法と人権は
  現代になってようやく顕在化したものだ

2 自然法と人権の顕在化による
  合意(法律と契約)と権利の意味転化

3 財産権等権利人権擁護手段意味転化
   と自由平等の権利属性意味転化

4 学者たちは現代人権擁護制度社会を
  修正資本主義で取り繕って来た

5 「社会国家」の真意
  則自然法人権擁護システム社会(国家)

6 「近代法の修正と社会法」という誤謬
7 「市民法と社会法」という誤謬
8 「市民性原理と社会性原理」という誤謬





1 
自然法と人権は
  現代になってようやく顕在化したものだ


自然法とは何か。
大澤真幸曰く。
「自然法(natural law)とは何かというと、
簡単に言えば、「人間の本来のあり方からして
普遍的に成り立つ法」という意味です。この
場合のnaturalは、自然環境の「自然」という
よりも「本性」です。古代の思想においても
中世の思想においても、「人間の本来のあり方
からして普遍的に成り立つ法が存在する」という
ことが前提になっているのです。
たとえば、古代ローマでは、自然法があって、
他に市民法とか万民法というものがある、
という言い方になります。この中で自然法が
一番偉い。市民法というのは、国家についての
法。」
(大澤真幸
「社会学史」講談社現代新書45頁以下)、と。

とすると、すべての人が社会(国家)を組織して他者
と共に生きていく(健康で文化的な生活を営んでいく)
べし、というのが自然法だ、と考えられてくる。
何故か。

人権とは何か、
竹澤喜代治は、こう言っていた。
「人権は、・・・・内容的には「人間が生まれながら
にして持っている権利であって、奪うことのでき
ないものである。」ということに帰する。」
(竹澤喜代治「人権の思想」嵯峨野書院3頁)、と。

とすれば、人が社会(国家)を組織して他者と共に
生きていく(健康で文化的な生活を営んでいく)
権利(義務)が人権だ、と考えられてくる。
何故か。


人間は、生きていくという絶対的な目的を持った、
それでいて社会(国家)を組織して他者と共に生きて
いく(健康で文化的な生活を営んでいく)以外に生きて
いく術のない生き物、そういう具体的人間である、
というのが自然事実だ。
人間一人では生きていけない以上社会(国家)を組織
して他者と共に生きていく(康で文化的な生活を営んで
いく)しかない、
という具体的人間感覚(神の見えざる手)が
すべての人が、社会(国家)を組織して他者と共に生きて
いく(健康で文化的な生活を営んでいく)べし、
という自然法(超法規社会規範)を顕在化させた。
同時に、人が社会(国家)を組織して他者と共に生きて
いく(健康で文化的な生活を営んでいく)超法規的(自然
法上の)にして人権擁護システム社会(国家)上の権利
(義務)、すなわち人権を顕在化させた。
人権は、具体的には、●最低限度の人権(生存権)を
中核に、●幸福を追い求めて生きていく権利義務(幸福
追求権)●労働して生きていく権利義務(勤労権)●教育を
受けて生きていく権利義務(教育をうける権利)の4つの
バリエーションで成り立っている。

自然法と人権の顕在化は合意(法律と契約)と権利(義務)
を人権擁護手段として意味転化させた。
自由平等をその権利の属性として意味転化させた。

こうして、自然法(超法規社会規範)に則った、
すべての人が他者と共に生きていく(健康で文化的な
生活を営んでいく)ための人権擁護システム社会(国家)を
組織させた。
具体的には、
T @事前規制による人権擁護は必要最小限にとどめ、
A原則暫定自由とし、その結果としての社会的分業に
よって人権享受と人権進歩向上を図り、
B結果として惹起される人権の侵害阻害損傷は社会
保障制度などの事後補修回復制度を以て対処する、
という3段構造から成る暫定自由制度
U 人権を擁し資し進歩向上を促すための方策・制度を
予め約す合意(法律(法規)と契約)(法律制度)
V 人権擁護を専務とする社会(国家)の機関としての国会
(立法)・内閣(行政)・裁判所(司法)ないし国家公務員(国家
公務員制度)を創り出させた。

自然法と人権はこうして現代になってようやく顕在化した、
と考えられてくる。


図H―人権擁護システム社会(国家)生成図
図H―人権擁護システム社会(国家)生成図





2 
自然法と人権の顕在化による
  合意(法律と契約)と権利の意味転化


社会(国家)そのものが
すべての人が他者と共に生きていく(健康
で文化的な生活を営んでいく)ための
システムとして出来ているのが
現代人権擁護制度自然法社会(国家)だ。
ここでは、自然法と人権が顕在化し、
合意(法律と契約)が人権を擁し資し進歩向上
を促すための手段へと、
自由平等は権利の属性へと、転化している。
勿論、それは人間認識の転換の故であって、
そのためには近代絶対自由資本主義は
必要悪だった、と考えられてくる。
人間が自由では一人では生きていけない
ことを身を以て知ることは不可欠だったはず
だからだ。
人権を侵害阻害する身分制度から解放(自由)
させたのが近代だ。
そこでは自由の意味は解放だった。
自由の意味が解放から「(権利(義務)を)侵し
てはならない」の意味に転化したのが現代だ。
たとえば、「学問の自由」(憲法23条)とは、
「学問を(誰もが)侵してはならない」ということだ。
「財産権は、(誰もが)これを侵してはならない。」
(憲法29条1項)とは、「財産権の自由」という
ことだ。
不合理な差別によって「(権利(義務)を)侵しては
ならない」というのが平等の意味だ。
要するに、学問権・財産権という権利はあっても、
自由権平等権という独立の権利は実在して
いないということだ。
近代絶対自由資本主義人工市場似非社会化
は、「侵してはならない財産権(所有権)」と
「侵してはならない契約(合意)」を、
「財産権(所有権)の自由」と「約(合意)の自由」
に言い変えることによって、所有権と合意(法律
と契約)を絶対自由化させてでっち上げられた
ものだ。
自由平等の意味が転化したのは、すべての人
が社会(国家)を組織して他者と共に生きていく
(健康で文化的な生活を営んでいく)べし、とする
自然法と、人が社会(国家)を組織して他者と
共に生きていく(健康で文化的な生活を営んで
いく)権利(義務)たる人権が顕在化した結果だ。
自然法と人権が顕在化した結果、所有権(財産
権)も合意(法律と契約)も人権を擁し資し進歩
向上を促すための手段として存在していることが
自ずと明らかになったのだ。
要するに、近代絶対自由資本主義人工市場似非
社会・幻覚国家下では、自然法も人権も潜在して
いるにしても、事実上無き状態だったのである。
自然法と人権顕在化させたのは、
人間自由では一人では生きていけない生き物
である以上すべての人が社会(国家)を組織して
他者と共に生きていく(健康で文化的な生活を
営んでいく)他ない、という具体的人間感覚、
即ち神の見えざる手だ。
この神の見えざる手(具体的人間感覚)を覚醒
させたのが、近代絶対自由資本主義人工市場
似非社会・幻覚国家がもたらした悲惨・戦争に
他ならない。
日本国憲法は人権擁護制度自然法社会(国家)
を約した社会的契約、即ち最高法規(法律)で
あって、憲法9条が否定しているのは、幻覚国
家守る自衛隊・軍隊であり、その前提にある
絶対自由資本主義人工市場似非社会化に
違いない。
広義の国家とは社会の別称でしかなく、国会
内閣裁判所で成る狭義の国家は人権擁護を
専務とする社会(国家)の機関でしかない。
人権守る自衛隊あり得ても、幻覚国家守る
自衛隊・軍隊あり得ない。
被災者の慰問やかつての戦没者の慰霊は、
すべての人が他者と共に生きていく(健康で
文化的な生活を営んでいく)ためのシステム
を成している人権擁護制度自然法社会(国家)
の象徴的行為として相応しいだろう。
天皇はそういう人権擁護制度自然法社会
(国家)の象徴的行為遂行を専務とする国家
公務員と考えればいいのではないか。

図G−2―近代則人為法絶対自由資本主義が
     もたらした悲惨が
     自然法と人権を顕在化させた
図G−2―近代則人為法絶対自由資本主義がもたらした悲惨が自然法と人権を顕在化させた


図C-3―自然法と人権が顕在化し
    合意(法律と契約)と権利の意味が転化した現代
図C-3―自然法と人権が顕在化し合意(法律と契約)と権利の意味が転化した現代





3 
財産権等権利人権擁護手段意味転化
   と自由平等の権利属性意味転化


@ 
近代絶対自由資本主義人工市場似非社会では、
合意(法律と契約)と自由が絶対化され、自由権が
人権と偽装され、自然法と人権は潜在を余儀なく
された。
A
現代になって、自然法と人権が顕在化した。
B
その結果として、合意(法律と契約)が人権を擁し
資し進歩向上を促すための手段へと意味転化した。
C
同時に、学問権・思想良心権・表現権・居住移転
職業選択権・財産権等々が人権を擁し資し進歩
向上を促すための具体的権利義務へと意味転化
した。
D
それに伴って、自由平等が「(権利(義務)を)侵しては
ならない」の意として権利の属性へと意味転化した。


図I―人権とそれを擁し資し進歩向上を促すための
   具体的権利義務
図I―人権とそれを擁し資し進歩向上を促すための具体的権利義務


図I−2―人権を擁し資し進歩向上を促すための
    具体的権利義務
図I−2―人権を擁し資し進歩向上を促すための具体的権利義務


図I−3―全ての(合理性のある)具体的権利義務が
    人権を擁し資し進歩向上を促すための
    具体的権利義務
図I−3―全ての(合理性のある)具体的権利義務が人権を擁し資し進歩向上を促すための具体的権利義務


図H−4―自由も平等も
     侵してはならない権利の属性で
     独立の権利ではない
図H−4―自由も平等も侵してはならない権利の属性で独立の権利ではない


図H-3―人権が存在する人権擁護制度社会
    資本主義似非社会に非ず
図H-3―人権が存在する人権擁護制度社会資本主義似非社会に非ず





4 
学者たちは現代人権擁護制度社会を
  修正資本主義で取り繕って来た



図C−2―則自然法暫定自由制度人権擁護システム社会は
     顕在化したもので
     絶対自由資本主義似非社会の修正ではない



だが、学者も政治家もこの則自然法暫定自由制度人権擁護シス
テム社会(国家)を修正資本主義・福祉国家と誤解してきた。
それは修正資本主義・福祉国家と糊塗しその理論化可視化を
怠ってきたのに他ならない。


たとえば、曰く。
「基本原則の修正
右の三原則は、資本主義経済の発展に大きく寄与してきたもので
あるが、これらが高度に貫徹されると、今度は様々な社会的弊害
を産みだすに至った。
すなわち、高度独占資本主義の出現を促し、経済的強者と弱者と
いう階層分化をもたらして実質的不平等社会を形成し、他方で、
四大公害事件(四日市ぜんそく、富山イタイイタイ病、新潟水俣、
熊本水俣)に象徴されるような大規模災害(大量被害者と膨大な
損害)を惹起させた。
そこで、このような状態を打破し、社会的害悪を除去するために
右の原則についての反省が生まれ、それぞれにつき修正が加え
られる.こととなった。
まず、所有権の絶対からみていこう。
所有権行使の絶対的自由を承認すると、所有権者自身が大きな
利益を享受することができるが、その反面において他の人々が
何らかの損害をこうむることがあるということは容易に想像がつく
ところである。
たとえば、住宅街の真中で、ある工場が権利行使の名の下で騒音
や振動を発生させて近隣に多大の損害を及ぼすが如きである。
そこで、所有権の行使は、社会という枠の中で、すなわち、社会に
不利益を及ばさない限度においてのみ自由であると考えられる
ようになった。社会的所有権概念の登場である。
この内容は様々に表現されるが、1919年に成立したドイツの
ヴァイマール憲法は「所有権は義務を伴う」旨の規定を置いた(153
条3項)。
また、わが国においては、権利は公共の福祉に適合するように行使
しなければならないとされている(憲法12条・29条2項、民法1条
1項)。
さらに、学説、判例を通じて確立された権利濫用の法理も大きな役割
を果たしてきた(代表的な判例として宇奈月温泉事件判決(大判昭和
10年10月5日民集14巻1965頁)がある。その後、民法1条3項で
明文化された)。
次に、契約自由の原則という場面においては、経済的強者が、ほしい
ままに(自己の利益のみを図って)契約内容を定め、これを経済的弱者
に強制していくという状況が現れることとなった。
ここにおいて国家は、この原則に積極的に干渉し、社会的弱者の保護
を図って、実質的な平等を確保せんとした。
労働基準法や借地・借家法等の制定はその顕著な例である。
他方、日常生活において、ほぼ同一内容の契約が大量に締結さ
れるようになったことから、その取引の正確さを保持し、迅速化を
図るために、契約内容の定型化への要請が高まった。
そこで現れたのが附合契約である。
これが、ガスや水道、電気の供給契約あるいはバスや電車の運送
契約等のように、契約当事者の一方が予め契約内容を定型的、
画一的に定めておき、相手方はそれを全面的に受け容れるか否か
の選択権しか有していない契約のことである。
ここでも、契約自由の原則は制約されることになるが、ここでは殊に
予め定められている契約(約款)の内容が消費者側に一方的に不利
なものとなっていないかどうかを監視していく必要がある。
最後に、過失責任主義においても右と同様の傾向をみてとることが
できる。
すなわち、通常人の力をもってしては回避することができないような
危険を内包し、他人(一般市民)に損害を与えながら巨大な利益を
あげる企業が多数出現するに及んで、この原則の当否が問題と
されるに至った。
そして、被害者救済の必要性と公平の観念等から、無過失責任論
(他人に損害を与えた者は、自己に過失がないときでも損害賠償責任
を負わなければならないとする考え方)が生まれてきた。
もちろん、過失責任主義から無過失責任主義へと一挙に転換した
わけではなく、立証責任の転換(基本的には、被害者側が加害者側
の過失を立証しなければならないのであるが、逆に、加害者側に
おいて、自己に過失のなかったことを立証しない限り過失があった
ものと推定するという考え方)というステップを経て、或る領域におい
て徐々に移行してきたということができるものである。
したがって、過失責任主義が根本的に崩れてしまったというわけでは
もちろんない。
民法の規定中にも、過失の要件を緩和したり(責任無能力者の監督者
の責任(同法714条)、使用者の責任(同法715条)、動物占有者の
責任(同法718条))、ストレートに無過失責任を認めたものもある(土地
工作物の所有者の責任(同法717条))。
また同時に、過失責任の原則を緩和したり否定している特別法も少な
からず現れている(自動車損害賠償保障法(3条)、大気汚染防止法
(25条)等)。」
(藤村和夫「第六章 市民生活の法律」
(「阿南成一編法学案内」青林書院136頁以下))、と。


しかし、則自然法暫定自由制度人権擁護システム社会(国家)は
絶対自由資本主義人工市場似非社会の「基本原則が修正」され
たものではない。
絶対自由資本主義人工市場似非社会がもたらした悲惨に対する
反省がもたらしたのは、人間が、生きていくという絶対的な目的を
持った、それでいて社会(国家)を組織してみんなで生きていく(健康
で文化的な生活を営んでいく)以外に生きていく術のない生き物だ、
という具体的人間としての正視だ。
この具体的人間感覚が、潜在していた則自然法暫定自由制度人権
擁護システム社会(国家)を、顕在化させたのだ。
その結果として則人為法絶対自由資本主義人工市場似非社会は
自然消滅したのである。







4 自然法・人権感覚(神の見えざる手)が
  人権擁護システム社会創らしめた


図J−2―自然法・人権感覚が
     人権擁護システム社会創らしめた






5 
「社会国家」の真意
  則自然法人権擁護システム社会(国家)


「ヴァージニア憲法やフランスの人権宣言では、基本的人権
は、個人の自由と平等という抽象的な価値であったのに
対し、ワイマール憲法以下世界人権宣言に至る基本的人権
は、実社会に生活する人間の生存である。」
「社会国家はこの現実に目をつけ、すべての人に生存と自由を
現実に保障することをもって国の責任と考えた。
そしてその当然の帰結として生存権中核とする基本的人権が
宣言されるようになったのである。」
(我妻栄「法学概論(法律学全集2)」有斐閣79頁以下)


人権とは、人が社会(国家)の中で他者と共に生きていく(健康
で文化的な生活を営んでいく)超法規的(自然法上の)権利
(義務)だ。
基本的人権はこの人権の別称だ。
生存権とは最低限度の人権のことであり、人権の
バリエーションの一つとして存在している。
だが、日本国憲法や世界人権宣言には目的と手段の関係に
ある人権と擁し資し進歩向上を促す具体的権利(義務)とを
基本的人権として一緒くたにした誤謬がある。
これは人権の意味を捉え切れていないことを意味する。
だが、重要なことは、日本国憲法や世界人権宣言には
確かに人権が実在しているという事実である。
自然法と人権が顕在化すると同時に、自由と合意(法規と
契約)が人権擁護手段化したのが、現代則自然法人権
擁護システム社会(国家)だ。
「社会国家」の真意は、則自然法人権擁護システム社会
(国家)にある、と考えられてくる。


我妻栄は、「わが日本国憲法も、この流れを汲むもの」だ
として「社会国家的人権宣言」を、こう説いていたのだった。
曰く。
「三 社会国家的人権宣言
(1) ワイマール憲法 
第1次大戦の終り頃から、人権宣言は、個人の自由を中心
とすることから、個人の生存を中心とすることに焦点が推移
した。
1919年8月11日のドイツのワイマール憲法がその典型と
して挙げられる。
世界戦争に敗北したドイツは、専政君主制を廃して共和国と
なる。
最初は隣国ロシアの革命思想の影響を受けて純粋に社会
主義的な政治体制を即時に採用しようとする機運もあったが、
次第に社会民主党・・・が勢力をえて、漸進的社会主義を指導
原理とすることになり、ワイマールで開かれた憲法制定のため
の国民会議は、その方針で憲法を制定した。
それがワイマール憲法である。
この憲法は、自由国家的人権宣言の中心である個人の自由・
平等も確認しているが、さらに「各個人に対して人間に値する
生存」・・・を保障している。
すなわち、国はすべての国民が生存することのできるようにする
責任を負うものとして、そのために国のなすべき大綱をその中に
相当具体的に規定している。
なかでも各個人の労働権を保障することが目につく。
当時のドイツは、右に述べたように、革命ロシアの政治体制には
倣わなかったが、漸進的にもせよ社会主義を志向し、国の任務
を――自由主義国家のように個人の自由の確保におかず――
社会のすべての人の生存を事実上責任をもって可能にすること
にあるとする。
その意味で社会国家と呼ばれるのだが、その宣言・保障する
基本的人権は、当然の帰結として、広い意味での生存権を中核
とすることになる。
(2) 世界人権宣言
ワイマール憲法の思想は、その後、ヨーロッパ諸国の憲法に
承継された。
そのうちでも、1920年のチェコスロヴァキア憲法、1921年の
ポーランド共和国憲法などがその著しいものとされる。
そしてわが日本国憲法も、この流れを汲むものである。
なかでも注目すべきは、国際連合が人権委員会
(Commission on Human Rights)を設け、その審議に基づいて
1948年(昭和23年)12月10日総会で決議された「人権に
関する世界宣言」(世界人権宣言)(Universal Declaration of
Human Rights, ・・・)である。
なおワイマール憲法は、その後に勢力をえたヒットラーの
ナチズムによって圧殺された。
しかし、その文化的意義は高く評価されねばならない。
また世界人権宣言は、これを条約として加盟諸国を拘束
するまでには至らなかったが、二十世紀後半の文化国家
の指導理念として存在する実際上の力は無視することの、
できないものである。
・・・・
(3) 社会国家的人権宣言の理念
世界人権宣言はその前文につぎのようにいう。
「人類社会のすべての構成員の固有の尊厳と、平等で譲る
ことのできない権利とを承認することは、世界における自由、
正義及び平和の基礎であるので、
人権の無視と軽侮とは、人類の良心を踏みにじった野蛮
行為を生ぜしめ、また、人間が言論及び信仰の自由と恐怖
及び欠乏からの自由とを享有する世界の出現は、一般の
人々の最高の願望として宣言されたので、
人間が専制と圧迫とに対する最後の手段として反逆に訴え
ざるを得ないものであってはならないならば、人権は法の
支配によって保護されなければならないことが、肝要である
ので、
国際連合の諸国民は、基本的人権、人身の尊厳及び価値
並びに男女の同権に関するその信念を憲章において再び
確認し、且つ、一層大きな自由の中で社会的進歩と生活
水準の向上とを促進することを決意したので、
加盟国は、人権及び基本的自由の世界的な尊重及び遵守
の促進を国際連合と協力して達成することを誓約したので、
これらの権利と自由とに関する共通の理解は、この誓約の
完全なる実現のために最も重要であるので、
・・・・、この宣言を布告する。」
ヴァージニア憲法やフランスの人権宣言では、基本的人権
は、個人の自由と平等という抽象的な価値であったのに
対し、ワイマール憲法以下世界人権宣言に至る基本的人権
は、実社会に生活する人間の生存である。
自由・尊厳という場合にも、これを個人が自分で享有する
のにまかせるのではなく、国家の責任として現実に享有させ
ることが考えられている。
かような差異を生じた主要な理由は、社会の事情の変化
である。
抽象的な自由は封建制度の身分的拘束を打破し、経済活動
の自由を伴い、資本主義経済の発展を導いた。
それは人類の生活水準の飛躍的な向上であり、幸福の著しい
増進であった。
だが、資本主義の高度化とともに貧富の差が甚だしくなり、
人々の間に越えることのできない較差を生ずるに及んで、
多くの人々は、憲法によって与えられた自由を現実に享有する
ことができなくなった。
社会国家はこの現実に目をつけ、すべての人に生存と自由を
現実に保障することをもって国の責任と考えた。
そしてその当然の帰結として生存権中核とする基本的人権が
宣言されるようになったのである。」
(我妻栄「法学概論(法律学全集2)」有斐閣79頁以下)、と。





6 「近代法の修正と社会法」という誤謬
7 「市民法と社会法」という誤謬
8 「市民性原理と社会性原理」という誤謬