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在る人権は社会的分業の下に他者と共に生きていく人権ただ一つ
                             (写真は三重県鳥羽)


第二部


 在る人権は
 社会的分業の下に他者と共に
 生きていく人権ただ一つ

  ――自由も平等も
    権利の属性であり
    独立の権利ではない
 
(人権在るは一つ)







          目 次


1

(社会(国家)そのものがすべての人が他者と共に生きて
いくためのシステムを成しているのが
現代則法(自然法)人権擁護システム社会(国家)だ
)
2

(それは人間が一人では生きていけない生き物だからだ)
3

(そこに在る法はすべての人が他者と共に共に生きて
いくべしの自然法1つだ
)
4

(そこに在る人権は人が他者と共に生きていく権利たる
人権1つで、憲法には4つのバリエーションが規定され
ている
)
5

(人が生きていく営為は進歩向上するものだ、という
事実に適った暫定自由制度人権擁護システム
)
6

(人権擁護システムは暫定自由制度・法律制度・国家
公務員制度・受益制度・参政制度の5つの制度で成り
立っている
)

(法(自然法)守らなかったら生きていけないから
絶対自由資本主義を原理とした社会あり得ない
)

(自由と平等は権利(義務)の属性として存在しているもの
であって、自由権平等権という権利は幻覚でしかない
)

(それが判って分かる
すべての権利(義務)と合意の人権擁護手段性
)
10

(結局、絶対自由資本主義人工市場似非社会化は
犯罪であり、そのトリックは自由だ、と考えられてくる
)



1
(社会(国家)そのものがすべての人が他者と共に生きて
  いくためのシステムを成しているのが
  現代則法(自然法)人権擁護システム社会(国家)だ
)

社会(国家)そのものが、すべての人が他者と共に生きて
いく(健康で文化的な生活を営んでいく)ためのシステムを
成しているのが、現代則法(自然法)人権擁護システム
社会(国家)だ。
則人為法絶対自由資本主義人工市場似非社会から
則法(自然法)人権擁護システム社会(国家)へ、
歴史的大転換を成し遂げたのが現代だ。

それは自由意思人という抽象的な観念的な擬似人間から、
生きていく(健康で文化的な生活を営んでいく)という
絶対的な目的を持った、それでいて社会(国家)を組織して
みんなで生きていく以外に生きていく術のない生き物、
そういう具体的人間へと人間認識を正すことに成功した
結果に他ならない。

現代則法(自然法)人権擁護システム社会(国家)は、
自由と合意(法律と契約)が絶対化され人権(生存権)と
自然法が存在しなかった近代喪失才覚人天下自由主義
(資本主義)幻覚人為法似非社会・幻覚国家がもたらした
悲惨・戦争に対する反省から呼び覚まされた、
具体的人間感覚(神の見えざる手)によって創られた、
グローバルで普遍的な人間社会(国家)だ。

戦後の日本国憲法が目指しているのも、正にそういう
社会(国家)だ。
早い話が、憲法9条には人為法の後ろ盾として措定さ
れる絶対権力幻覚国家が存在しない、ということだ。
そういう幻覚国家・幻覚国家の民(国民)を守るのが
軍隊だ。
憲法9条が否定しているのは、そういう軍隊であり、
近代自由主義(資本主義)幻覚人為法似非社会・幻覚
国家だ。


図C−9―自由意思人幻覚から具体的人間へ
       則人為法資本主義似非社会から
       則自然法人権擁護システム社会へ
図C-9―自由意思人から具体的人間へ 則人為法資本主義似非社会から則自然法人権擁護システム社会へ





2
(それは人間が一人では生きていけない生き物だからだ)

法(自然法)とは、全ての人が社会(国家)を組織して他者と
共に生きていく(健康で文化的な生活を営んでいく)べし、
とする超法規社会規範である。
人間は、生きていくという絶対的な目的を持った、
それでいて社会(国家)を組織して他者と共に生きていく
(健康で文化的な生活を営んでいく)以外に生きていく
術のない生き物、そういう具体的人間である。
法(自然法)は、だとすれば社会(国家)組織してみんなで
生きていく他ない、という具体的人間感覚(神の見えざる手)
が観念させたものだ。
また、人が社会(国家)を組織して他者と共に生きていく
(健康で文化的な生活を営んでいく)権利(義務)、
すなわち人権を観念させた。
そして、自然法(超法規社会規範)に則った、すべての人が
他者と共に生きていく(健康で文化的な生活を営んでいく)
ための人権擁護システム社会(国家)を組織させた。
その結果として、人権は超法規的(自然法上の)権利(義務)
であると同時に人権擁護システム社会(国家)権と相成った、
と考えられてくる。
とすると、人権を国家(社会)以前に存在する「自然権」と
考えるのは幻覚以外の何物でもない、ということになる。


図G―近代則人為法絶対自由資本主義がもたらした
   悲惨が現代則自然法社会を生んだ
図G―近代則人為法絶対自由資本主義がもたらした悲惨が現代則自然法社会を生んだ





3
(そこに在る法はすべての人が他者と共に共に生きて
  いくべしの自然法1つだ
)

すべての人が社会(国家)を組織して他者と共に生きていく
(健康で文化的な生活を営んでいく)べし、という自然法(超
法規社会規範)は、みんなで生きていく以外に生きていく
術はない、という具体的人間感覚(神の見えざる手)が観念
させた、人間社会(国家)に存在する唯一の法(社会規範)で
ある。
その証拠に、すべての権利義務は、法律(法規)を踏まえて、
この超法規社会規範=法(自然法)と規範的に意味のある
行為事実とを基に、
超法規社会規範=法(自然法)に適っている故の、社会的な
妥当性(正しさ)(の意識)として、
損害賠償債権債務(民法709条)というような人権擁し資し
進歩向上促すための具体的権利義務が、
超法規的に(自然法上の権利義務として)発生消滅する。
資本主義(自由主義)似非社会化犯罪の道具である人為法
は法律行為論トリックによって規範としてでっち上げられた
合意(法律と契約)のことだ。
「意思表示を構成要素とし、その意思によって欲せられた
とおりの権利義務関係の設定・変動が生ずる行為のこと」だ
措定された法律行為は、合意(法律と契約)を「権利義務関係
を設定・変動」させる規範としてでっち上げる、原理的トリック
に他ならない。
この人為法幻覚の後ろ盾として措定されたのが絶対権力
幻覚国家に他ならない。
憲法14条1項の「法の下の平等」の「法」とは、勿論、自然法
(超法規社会規範)のことだ。
憲法90条の「公序良俗」も自然法(超法規社会規範)のことだ。


図O―人権擁護システム社会の
     権利義務発生消滅自然法原理図
図O―人権擁護システム社会の権利義務発生消滅自然法原理図

図O−4―人為法(擬似規範)は
     法律行為トリックによって規範としてでっち上げられた
     合意(法律と契約)
図O-4―人為法(擬似規範)は法律行為論トリックによって規範としてでっち上げられた合意(法律と契約)





4
(そこに在る人権は人が他者と共に生きていく権利たる
  人権1つで、憲法には4つのバリエーションが規定され
  ている
)

人権(生存権)は、人が社会(国家)を組織して他者と共に生きて
いく(健康で文化的な生活を営んでいく)超法規的(自然法上の)
にして人権擁護システム社会(国家)上の権利(義務)だ。
憲法には幸福追求権・生存権・勤労権・教育をうける権利の4つ
のバリエーションが規定されている。
憲法13条後段の「生命、自由及び幸福追求に対する権利」は
この人権を確認したもの、と解したい。
自由とは人権を侵害阻害するものから解放されている社会的
状態のことだ。
平等とは不合理な差別によって人権を侵害阻害されていない
社会的状態のことだ。
したがって、自由も平等も人権の属性であり、独立の人権では
ない。
「人権が侵害阻害するものから解放されている社会的状態」とは
有り体に言えば、「人権が護られている状態にある」、ということ
だろう。
とすれば、たとえば、「学問の自由」(憲法23条)とは、「学問権が
護られている状態にある」、ということだろう。
それを「保障する。」とは、それを「社会(国家)的に保障する、され
ている。」ということだろう。
結局、「学問権は、誰もこれを侵してはならない。」というのが、
「学問の自由は、これを保障する。」と規定されている意味だ、
と考えられてくる。
信教権・表現権・職業選択権・学問権・財産権等々の権利は、
すべて、人権を擁し資し進歩向上を促すための権利だ、と考える。
自由権という人権は幻覚であり詐術だ。


図H-3―人権が存在する人権擁護制度社会
     資本主義似非社会に非ず
図H-3―人権が存在する人権擁護制度社会資本主義似非社会に非ず





5
(人が生きていく営為は進歩向上するものだ、という
  事実に適った暫定自由制度人権擁護システム
)

現代社会(国家)は自然法に則った暫定自由制度、法律制度、
国家公務員制度、受益制度、参政制度の五つの制度(制度の
中核は暫定自由制度)で成る人権擁護システムとして成り
立っている。
暫定自由制度は、
@事前規制による人権擁護は必要最小限にとどめ、
A原則暫定自由とし、その結果としての社会的分業によって
  人権享受と人権進歩向上を図り、
B結果として惹起される人権の侵害阻害損傷は社会保障制度
  などの事後補修回復制度を以て対処する、
という3段構造から成る人権擁護システムである。
人権擁護システムとして暫定自由制度が採られているのは、
人が生きていく営為は進歩向上するものだからだ。
仕事・職業とは、他者と共に生きていく(健康で文化的な生活を
営んでいく)人間の行為ないし営みのことである。
社会的分業とは、この仕事・職業を全ての人が何らかの形で
分担・分業して行っていく形態ないしシステムのことである。
所得再分配とは、暫定自由制度の一環として在る帰属所得
再評価不当利得返還制度としての累進課税制度と連結一体
の社会保障制度などの社会補修復元制度の俗称である。
累進課税制度は、自由(暫定自由)故の人権侵害阻害損傷に
よる社会(国家)の歪みを、社会保障制度などの社会補修復元
制度と連結して、事後的に補修復元するための帰属所得
再評価不当利得返還制度である。


図L―暫定自由制度(人権擁護システム)
図L―暫定自由制度(人権擁護システム)

図R―則自然法人権擁護システム社会の税制度
図R―則自然法暫定自由制度人権擁護システム社会の税制度

図M−4―法規は
     憲法・暫定自由制度法・事後補修復元法に
     分類すべき?
図M−4―法規は憲法・暫定自由制度法・事後補修復元法に分類すべき?





6
(人権擁護システムは暫定自由制度・法律制度・国家
  公務員制度・受益制度・参政制度の5つの制度で成り
  立っている
)


図N―5つの制度で成る人権擁護システム
図N―5つの制度で成る人権擁護システム





(法(自然法)守らなかったら生きていけないから
  絶対自由資本主義を原理とした社会あり得ない
)

自然法は、全ての人が社会(国家)の中で他者と共に生きて
いく(健康で文化的な生活を営んでいく)べし、とする超法規
社会規範である。
法(自然法)を守らなかったら人は生きていけない。
この事実故の拘束力・強制力が規範性の実体だ。
現代社会(国家)に実在している社会規範はこの自然法だけ
である。
法規(法律)は人権を擁し資し進歩向上を促すための方策
・制度を予め約す社会的合意で、社会規範ではない。
合理性に相応した規範性がある。
法律(法規)を作るのを専務とする国会を置き予め法律
(法規)を作らせ、それを実施するのを専務とする内閣を
置いてそれを実施させ、起きてしまった個別の人権侵害は
裁判所にフォローさせることによって、人権擁護を全うさせ
るシステムが法律制度である。
契約も、当該行為に係る人権擁し資し進歩向上を促すための
当事者間合意で、法律(法規)を補完するものとして法律制度
の一環として在る。
勿論、絶対性はない。
ちなみに、人権擁護を専務とする社会(国家)の機関として
天皇、国会、内閣、裁判所ないしは国家公務員を設置し、
人権擁護を全うさせるシステムが国家公務員制度である。
天皇も則自然法人権擁護システム社会(国家)の象徴的行為
遂行を専務とした国家公務員である。
要するに、法(自然法)守らなかったら生きていけないから、
絶対自由資本主義を原理原則とした社会はあり得ない
のである。


図Z―絶対自由資本主義を原理原則とした社会
     あり得ない
図Z―絶対自由資本主義を原理とした社会あり得ない

図Z-3―資本主義似非社会化
       全部トリック洗脳詐欺社会乗っ取り完全犯罪
図Z-3ー資本主義似非社会化全部トリック洗脳詐欺社会乗っ取り完全犯罪





(自由と平等は権利(義務)の属性として存在しているもの
   であって、自由権平等権という権利は幻覚でしかない
)

「侵してはならない」というのが自由の意味だ。
「不合理な差別によって侵してはならない」というのが平等の
意味。
したがって、たとえば、
思想及び良心の自由(憲法19条)とは、思想及び良心を
「侵してはならない」というのがその意味。
信教の自由(憲法20条)とは、信教を「侵してはならない」
というのがその意味。
集会・結社・表現の自由(憲法21条)とは、集会・結社・表現を
「侵してはならない」というのがその意味。
居住・移転・職業選択の自由(憲法22条)とは、居住・移転
・職業選択を「侵してはならない」というのがその意味。
学問の自由(憲法23条)とは、学問を「侵してはならない」
というのがその意味。
「財産権は、これを侵してはならない。」(憲法29条1項)とは、
「財産権の自由」ということ。
では、それらは、何故、「侵してはならない」のか。
それは言うまでもないことだ。
それらが、権利だからだ。
思想及び良心や信教や集会・結社・表現や居住・移転・職業
選択や学問や財産権等々が人権を擁し資し進歩向上を促す
上で欠かせない大切な権利(義務)だから、だ。
要するに、
「侵してはならない」というのが自由の意味。
「不合理な差別によって侵してはならない」というのが平等の意味。
したがって、自由と平等は権利(義務)の属性。
そもそも、権利(義務)とは、超法規社会規範=法(自然法)に適って
いる故の、社会的な妥当性(正しさ)(の意識)のこと、なのである。
自由を自由権とし独立の人権と昇格観念するのは、幻覚でしか
なく、絶対自由資本主義人工市場似非社会化犯罪をやるための
詐術だ、と考えられてくる。


図I―人権とそれを擁し資し進歩向上を促すための
   具体的権利義務
図I―人権とそれを擁し資し進歩向上を促すための具体的権利義務

図I−2―人権を擁し資し進歩向上を促すための
    具体的権利義務
図I−2―人権を擁し資し進歩向上を促すための具体的権利義務





(それが判って分かる
  すべての権利(義務)と合意の人権擁護手段性
)

表現権・職業選択権・学問権・財産権等々の人権擁護手段
として存在する権利(義務)の属性でしかない自由平等を
絶対化(人権化)した必然の結果として、それらの権利(義務)
も絶対化(人権化)されて出現したのが、近代則人為法絶対
自由資本主義人工市場似非社会である。
その後ろ盾に据えられたのが絶対権力幻覚国家に他ならない。
近代絶対自由資本主義人工市場似非社会・幻覚国家が
もたらした悲惨と戦争に対する反省から呼び覚まされた具体的
人間感覚(神の見えざる手)が、人権を顕在せしめるにいたった。
人権が顕在化し、人権を押し殺していた自由平等が権利(義務)
の属性でしかないことが判然とした結果として、すべての
権利(義務)が人権を擁し資し進歩向上を促すための手段として
存在することが明らかになった。
その結果として顕在化したのが、社会規範そのものが、すべての
人が他者と共に生きていく(健康で文化的な生活を営んでいく)
ための、システムを成している現代則法(自然法)人権擁護システム
社会(国家)である。

図C-3―自然法と人権が顕在化し
    自由と平等が権利の属性たることが判明した現代
図C-3―自然法と人権が顕在化し自由と平等が権利の属性たることが判明した現代





10
(結局、絶対自由資本主義人工市場似非社会化は
   犯罪であり、そのトリックは自由だ、と考えられてくる
)

資本主義似非社会化の道具として絶対自由を措定し
法(自然法)と人権を押し殺した上で、
侵してはならない財産権(所有権)と侵してはならない契約
(合意)を、財産権(所有権)の自由と契約(合意)の自由に言い
変えることによって絶対自由所有権と契約絶対自由の原則
をでっち上げる、というのが資本主義似非社会化犯罪の
トリックだ。


図F−3―自由が資本主義似非社会化犯罪のトリック
図F−3―自由が資本主義似非社会化犯罪のトリック