現代自然法社会 【要旨2】

人権公益守るのは
法規でなく現代自然法感覚



 
 






 地球上の生命は一つの生態系に属している。そこには、あらゆる生き物が組み込まれ、相互にあまねくつながっている。
 このつながりは本質的なものだ。それは、相互依存の深さだけでなく、あらゆる生命が共通の進化のルーツを通して遺伝的に親戚であることによってもたらされる。(ポール・ナース「生命とは何か」(ダイヤモンド社・2021年)竹内薫訳243頁)
 
 それ故、人間は社会(世界)的分業の下に他者と共に自由に生きていく以外に生きていく術のない生き物・具体的人間だ。
 すべての人が社会(世界)的分業の下に他者と共に自由に生きていく(健康で文化的な生活を営んでいく)べし、という現代自然法が、超法規社会規範即ち法なのは、そのためだ。
 規範性の実体は、この法(現代自然法)を守らなかったら生きて行けないという拘束力・強制力だ。
 法(現代自然法)に則って、人権と公益を擁護するための権利・制度を創る・観念させるのは、法(現代自然法)感覚即ち神の見えざる手だ。
 とすると、法律(法規)は、法(現代自然法)感覚即ち神の見えざる手が創った、観念した、人権と公益を擁護するための権利・制度を、推定・確認し可視化文書化した社会的合意(契約)である、としか考えられない。
 とすると、立法とは、また、法律(法規)の解釈とは、法(現代自然法)感覚即ち神の見えざる手によって、創られた・観念された、人権と公益を擁護するための権利・制度を推定し確認する作業である、と考えられてくる。
 したがって、思想・良心権(憲法19条)、集会・結社・表現権(同21条)、居住・移転・職業選択権、外国移住・国籍離脱権(同22条)、学問権(同23条)、財産権(同29条)などの自立権や、平等権(憲法14条)、生存権(同25条)、教育を受ける権利(同26条)、労働の権利(同27条)などの共生権も、この法(現代自然法)感覚即ち神の見えざる手によって創られた・観念された、人権と公益を擁護するための権利・制度である。それを推定・確認し可視化文書化した社会的契約(法律)が憲法だ、と考えざるを得ないことになる。
 この事実が教えていることは、人権と公益を守るのは、法規(法律と契約)ではなく法(現代自然法)感覚即ち神の見えざる手だ、という事実である。
 法律を書き換えさえすれば、どんな社会(国家)でも作れる、というのは、幻覚でしかない。

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