現代自然法社会 【要旨6】

人為法暗礁に乗り上げ
破綻した訴訟物理論



 
 






 従来の訴訟物理論は人為法幻覚に乗り上げ破綻した。
 訴訟物を「実体法上の請求権を基準にする考え方を実体法説、あるいは旧訴訟物理論と言います。」
 「甲という患者が乙という医師のところで手術を受けました。ところが、乙の手術ミスによって甲に三百万円の損害が発生しました。」この「事実関係から」、「民法709条の不法行為に基づく損害賠償請求」権と「治療契約」上の「債務の本旨に従った履行ではない。つまり不完全履行であるとして、民法415条に基づく債務不履行による損害賠償請求」権が発生する。「実体法説は、素朴に実体法上の請求権毎に一個の訴訟物を認めますから、この場合に甲には二個の訴訟物が成立しうるというふうに考えます。」(吉野正三郎「集中講義民事訴訟法[第4版]」(成文堂・2007年)103頁)。
 伊藤眞教授は、「判例およびかつての通説はこれを採用し、また現在の実務もこれにもとづいて運営されている。本書もこの立場をとる」(伊藤眞「民事訴訟法」(有斐閣・1998年)163頁)、と言っている。
 勿論、「甲には二個の訴訟物が成立する」というばかげた結論を本気で主張する狂人はどこにもいない。「甲には一個の訴訟物しか成立しない」、という結果は、選択的併合という弥縫策によって導かれている。
 要するに、「判例およびかつての通説」も、「現在の実務も」本当に実体法説ないし旧訴訟物理論によっている、という事実はないのである。
 そもそも「民法709条の不法行為に基づく損害賠償請求」権、民法415条に基づく債務不履行による損害賠償請求」権そのものが実在しないのである。
 つまり実体法説・旧訴訟物理論そのものが幻覚でしかないのである。
 事実は、権利義務(たとえば、損害賠償請求債権債務)は、すべての人が社会(世界)的分業の下に他者と共に自由に生きていく(健康で文化的な生活を営んでいく)べし、という現代自然法と「自動車を運転していたAが、うっかり赤信号を見落として、横断歩道を歩いているBに衝突して怪我をさせてしまった」というような規範的に意味のある行為事実とを基に、現代自然法に適っている故の社会的な妥当性(正しさ)として、現代自然法上の権利義務として発生消滅するのである。
とすれば、表面上の訴訟物は、この現代自然法上の損害賠償請求債権債務である、隠れたる真の訴訟物は、侵害阻害損傷された補修回復されるべき侵害阻害損傷現代自然法上の人権だ、と考えられてくる。

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